地域とともに歩む施設づくり… こッからCOLOR 社会福祉法人こぶしの会

こぶし通信 62号 2026年1月発行

2026/02/16 こぶし通信

藤森善正後援会長とこぶしの会

社会福祉法人こぶしの会 理事長 坂下伸一

長くこぶし後援会の会長をして下さっていた藤森善正さんが、2025年7月に亡くなられました。心よりご冥福をお祈り致します。
 藤森さんは、奈良教育大学附属中学校特別支援学級の教員として勤めておられましたが、「社会福祉法人こぶしの会」ができる以前、その前身の「かすが共同作業所」の設立当初から今日まで、一貫して「こぶしの会」を支えて下さいました。
 藤森さんは、奈良県での障害のある人の教育・福祉の権利を保障する運動を一から創り出し、先頭にたって活動されてきました。すべてを語ることはできないので、ここでは、「こぶしの会」との関係に絞って書きます。

■「かすが共同作業所」ができるまで
 「1988年2月、奈良市内の春日公民館に30名の有志が集まり,『障害者が働く共同作業所をつくる会』(つくる会)が発足した。前年の1987年12月に『作業所を作る会準備会』を発足させ、地域で障害者がおかれている実態や『共同作業所』についての学習を重ねながら準備進めてきたものであった。
……この当時、成人障害者の多くは施設に入所するか、在宅で過ごすかのどちらかでしかなかった。……他方では、養護学校義務制実施以後、養護学校卒業生の数は年ごとに増え、せっかく学校を卒業しても再び在宅になってしまうという保護者、学校関係者の悩みは切実であった。……特に障害の重い人、重複障害をもつ人、中途障害の人などが入所できる作業所は皆無といってよかった。」(「私の障害者運動史」藤森善正著) 
 この30名の中には、私もいたのですが、厳しい状況の中で、本当に共同作業所ができるのだろうかと懐疑的でした。しかし、藤森さん、前理事長の藤井正紀さんを中心とした大きな努力によって、1989年4月には「かすが共同作業所」が開所したのです。

■「社会福祉法人こぶしの会」ができるまで
 1998年5月には「こぶしの会」総会で法人化構想を提案、「社会福祉法人設立準備会」が発足することになり、資金づくりや行政への働かけへの努力が続けられ2001年「社会福祉法人こぶしの会」が認可され、翌年4月「コミュニティワークこッから」が開所する運びとなりました。
 「建物についても……延べ面積が広くとれる2階建てにするのか、利用する仲間の便宜を優先して平屋建てにするのかであった。……名前は、みんなで考えようと公募することにした。いろいろとあったが、奈良の障害者福祉は『ここから』始まるという意味で、指導員さんが応募した『こっから』が選ばれた。『っ』を『ッ』に変えて『こッから』にしたのは私の提案であった。深い意味はないが、せっかくネーミングの意味が『こっから』では面白くないので、アクセントをつけたかったからである。」(前掲書)
 このように、「社会福祉法人こぶしの会」「こッから」の設立にあたっては、みんなで、力を合わせ、創り出してきたといえます。その中心の一人が藤森さんでした。
また、「こぶしの会の最大の特徴は、いつも『障害者が主人公』をキーワードに、理事会、仲間自治会、職員の労働組合、家族会、後援会が力を合わせて取り組みを進めてきたことにあ
る。」(前掲書)と語っておられます。このことは藤森さん自身の基本的な価値観であったのだと思います。 
 法人設立後、藤森さんは理事、評議員を歴任し、こぶし後援会長を2008年から今年まで続けて下さっていたわけです。物心両面でこぶしの会を支えて下さったといえます。
 「こぶしの会」は、法人設立20年が過ぎ、四半世紀を迎えようとしています。仲間・家族の高齢化、社会環境の変化などで、新たな課題が生まれ、大きな転換期を迎えています。
藤森さんの「仲間が主人公」「みんなが力を合わせる」「障害のある人が豊かに生きることのできる地域・社会」という願いを引き継ぎ、進んでいきたいと思います。
 ※藤森善正著「私の障害者運動史」(自主出版)が残っています。読みたい方があれば、 「こぶしの会」坂下まで連絡してください。
藤森善正後援会長とこぶしの会2

「こぶし通信」の詳細は下記のPDFファイルをクリック

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